さいとうひろおブログ

夢と希望と借金しかない。千葉県の実家から沖縄目指して歩いてます。自分探しではなく、探した結果見つかった答えがこれだった。

今日は誰にも愛されたかった

ニュースは過激なものばかり取り上げるから、悲しみや恐怖、不安を煽られて過ごしてしまう。


テレビは見なくなって久しいが、ついにスマホのニュースアプリも消してしまった。


昨年の個人的な一大ニュースといえば韓国人タレントの元KARAのハラさんが亡くなられたこと。


どんなに世間的、世界的な凶悪事件や大事故も結局は他人事だが、彼女の死は近しい友人を失くしたような身につまされる悲しみだった。


そんな年末も差し迫った暮れも暮れに、一首の短歌に出逢った。


詩人、というよりその存在が「詩」そのものとも評される谷川俊太郎(タニカワシュンタロウ)さんと若手歌人の筆頭格2名、木下龍也(キノシタタツヤ)さんと岡野大嗣(オカノダイジ)さんの3名による詩と短歌をリレー形式で読み合った連詩『今日は誰にも愛されたかった』をAmazonで購入した。



俺はこの3名それぞれの詩と短歌が大好き(ツボ)なのでこのコラボはとても興奮したし期待が外れることはないと確信していた。


この中で岡野さんが詠んだ歌が…


 四季が死期にきこえて 音が昔にみえて
今日は誰にも愛されたかった


この下の句が3名の話し合いでタイトルに選ばれた。


俺は真っ先にハラさんが頭に浮かんだ。
そしてハラさんを追い詰めた世間の不寛容さに改めて胸が苦しくなった。


必要以上に他人に介入しながら、しかしその苦しみは想像しない矛盾の怪物、それが「不寛容」だ。 


一方的に首を突っ込み、ただ傷つけるために傷つけ、批判するために批判する。
それで人が死のうが誰も責任を感じない。


誰も自分が殺したと思わない。
そしてまた誰かを攻撃する。


「誰にも愛されなかった」であれば事実を述べただけだが「誰にも愛されたかった」は願いだ。


この普段使わない言い回しが余計に読んだ人の心に引っ掛かる。


「誰にも愛されたかった」なんて、とても欲張りで出過ぎた願いだろうか。


人生は池に張った氷の上を歩くようなものだ。


人は微笑みながら片方の手で握手をしもう片方の手でナイフを突きつけ合っている。


そんな緊張と不安に苛(さいな)まれながら生きている人がいる。


そんな時、ふと自分を殺したくなったり他人を殺したくなったりした時に、「四季」が「死期」に聞こえたり「音」が「昔」に見えてしまった時に、誰にも愛されたかったと思うことはそんなに欲張りで出過ぎた願いだろうか。


ハラさんを追い詰めたネット社会の闇は日本でも問題になるが、俺はSNSを見ていると良い方向に変わってきていることもたくさんあると感じる。


違いを理解し認め尊重し合う。
嫌なものにはわざわざ近づかない。
嫌だからって攻撃していいわけではない。
自分も誰かにとっての嫌かもしれないのだ。


こういう認識が少しずつ広まり共有され浸透してきている。少しずつ。


ハラさんを傷つけたやつを傷つけようとするなら同じ穴の狢(むじな)だ。


ハラさんの死を大事に思うなら、自分は身近な人に嫌な思いをさせていないか振り返ることだ。


それが彼女の望みであり供養になるだろう。














【旅のこれまでの歩み】

2018年9月に実家の千葉県を出発。
歩いて沖縄を目指す旅に出た。



10月末に大阪駅に到着。
寒くて野宿ができない冬の間は滋賀県にて工場勤務。



2019年4月末より旅を再開。
和歌山港から四国に渡り『歩いて沖縄旅』の番外編『四国八十八ヵ所霊場お遍路旅』をスタート。



7、8月は毎年恒例の富士登山と資金稼ぎのため神奈川県まで戻りバイトをしたり遊びながら過ごす。



10月半ばに高知県最後のお寺まで行き今年の旅を終え、越冬と資金稼ぎのため九州に渡る。



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