さいとうひろおブログ

夢と希望と借金しかない。千葉県の実家から沖縄目指して歩いてます。自分探しではなく、探した結果見つかった答えがこれだった。

【50日、52日目】秘境!『黒瀧寺』他…、虚空蔵菩薩堂、加持久保八幡神社、金毘羅大権現

どーもどーも。


6月20日(木)


太龍寺を打ち終えたあと、通常では次の二十二番札所の平等寺に向かって東へ山を下りていくところをほぼ真南に下りてロープウェイ乗り場の近くまで行きました。


目的は太龍寺奥の院『黒瀧寺』へ行くためです。


太龍寺奥の院は南舎心ヶ嶽だけではありません。
また「ここが奥の院かどうか」意見が別れることもない明確な奥の院です。


一つ問題があるのは、ここが長距離の打戻りだということです。




車のマークがあるところがロープウェイ乗り場の麓なのですが、国道をひたすら西に進み最後は約6kmの山道を登り標高およそ700mの黒滝山頂にまで行かなければならないのです。


そこまで行って打戻りなのですよ(-_-;)


おそらく黒瀧寺を徒歩で打つ人の多くは上の写真(地図)で灰色で示されているルートで行くはずです。
これは鶴林寺を打つ前に奥の院である慈眼寺を打ったあとにそのまま黒瀧寺へ向かうルートです。
その方が歩く距離数は短くて済みますので。


ただ私は慈眼寺は慈眼寺で打戻って黒瀧寺は黒瀧寺で打戻ることにしました。
上ルートは山あいの何もない国道、下ルートは川沿いで人家や商店があるのでこちらを選びました。


上ルートでも黒瀧寺の手前に古民家宿があります。
名前は『ゲストハウス杉の子』さん。
地域興し協力隊を経て土地に根付いた若者が運営しているそうで、交通手段がめちゃくちゃ不便にも関わらずクチコミの評価はとっても高く外国人観光客にも人気のよう。
私のお遍路仲間も黒瀧寺を打つときにここに泊まっていました。
機会があれば私も泊まってみたいですね。


というわけで出発。
なのですがこの日は途中で一泊。
道中見かけた景色やお寺などはまた戻りの時と合わせて記事にしますので、ひとまず黒瀧寺の麓までワープ!


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6月21日(金)


黒瀧寺は太龍寺奥の院として、また曼荼羅(まんだら)霊場の一寺として案内看板も大きく表示されています。





途中にあるお不動様


迂回路ができたため封鎖された石橋




このあたりの地名「木頭名(きとうみょう)」はお大師様が「祈祷(きとう)」されたことから名付けられたもの。
木頭は柚子の産地として有名です。
 



道はずっと道路なのでさほど大変ではありません。


途中に大きな風車があったり山の中でもまだ集落があったりと景色も飽きません。


中腹より上に来たあたりの集落に虚空蔵菩薩(こくうぞうぼさつ)堂があります。




お堂の裏手




地神様もあります


さらに上って黒瀧寺の手前になると加持久保(かじくぼ)八幡神社もあります。





↑このお社は後で説明が入りますよ!




黒瀧寺への道は過去に台風で一部が崩落し少し遠回りになるルートが新設されたと地元の方に聞いていました。
案内書看板やバリケードがありましたので危険箇所に誤侵入することはないと思います。


そうしてようやっと到着!




龍王山 黒瀧寺』
(りゅうおうざん くろたきじ)









味のある案内看板




縁起を要約しますと

『お大師様が大竜ヶ嶽(太龍寺のあるところ)で修行中に神龍があらわれ「黒滝山に竜が住んで住民が困っている」と言われた。さっそく山へ向かい途中で虚空蔵菩薩を彫り上げお堂を建てた。さらに悪魔退散の加持祈祷を行った。いよいよ山頂で竜と対決し竜は麓へ退散。改心した竜は山頂に浄水を送ると約束した。』

てなわけで太龍寺との関係、木頭の由来、虚空蔵菩薩堂の由来、加持久保八幡神社の由来と全部が説明されていますね。
この「浄水」というのも「閼伽井(あかい)の水」として境内にあります。


相変わらずの不可思議な伝説ですが、神龍てのもお大師様に行かせないでお前がいけよと思いますね。
竜に勝つお大師様も大概ですが。


そしてこの一連の話がフィクションだとすれば(だと思うのですが)実際に虚空蔵菩薩堂や八幡神社、黒瀧寺が建てられた経緯があるはずでそれは一体なんなのかが気になります。
これは他の社寺や遺跡にも言えますよね。


順に境内を散策していきましょう。
まずは御本尊の十一面観世音菩薩様。



曼荼羅霊場の結願寺(けちがんじ)でもあります


脇侍(わきじ・きょうじ)には不動明王と四天王の毘沙門天(びしゃもんてん)




お祈りすれば漬け物が上手く漬かるのか?


なんだろ?



本堂の横に大師堂です。





大師堂の裏手には開けた敷地があるのですが、元からの庭園ではないようですよ。




昔は池であったが戦争により流れた血で赤く染まったそうな。
その後水も枯れて今のようになったとな。


大勢の血が染みているのか…


お次は東の展望所『鶴ノ丸』へ。
所々枯れ葉や伸びた草で道が合ってるか不安になりますが信じて進む!





いい眺めだなー!


引き返して方丈(ほうじょう:住居)の脇にある駐車場から奥に進んで閼伽井の水へ。



案内看板の表記は「お加持水」。こちらの表記は「阿伽井」。説明看板は「閼加井」。いろいろあります

 




透き通ってますがちゃんと水はあります。
一口いただきました。


戻って西の展望所『亀ノ丸』へ向かう途中に右に行ける道があり、柵の向こうに『竜の逼割(せりわり)』が見えます。


岩肌に竜がのたくったように横にえぐれています。




亀ノ丸は鶴ほど遠くありません。




周囲の木が茂って鶴ほど展望は臨めません。
案内看板には「行場道」とあり谷へ下りていけるような表示でしたが、今は崩れて行場へは行けません。


もうひとつ、案内看板に『三十八番神』とあるのですがこれがどこにも見当たりません。


探してうろうろしているとご住職が庭の手入れに現れたのでお話を伺ってみたところ「ばんじゅさま」と呼ばれるお寺の守り神みたいなものだそうです。


お寺に神とはこれ如何に。 
といっても神仏習合の時代にお寺と神社は緊密な関係で隔てられておらず、お寺やその土地を鎮(しず)め守るために神様をお祀りして建てられた神社を鎮守社(ちんじゅしゃ)と呼んでいました。
いまでも各地に鎮守社はたくさんあります。


黒瀧寺のばんじゅ様も鎮守神なのでしょう。
そしてそのお社は現在は加持久保八幡神社に遷(うつ)されているとのこと。


行きに立ち寄ったときの写真に納めていたお社がそれです(戻ってみてね!)。


いやー、黒瀧寺を十分に堪能しましたな! 
人が住まわれているので山の上のお寺でも綺麗に管理されています。
霊場の一つとしてだけではなく地域からもしつかりと大事にされている証ですね!


本当は帰りにゲストハウス杉の子さんに立ち寄ってみようと思っていたのですが、この時点で17時を回っていたので下山することにしました。
残念ですがまた今度ちゃんと宿泊するときのお楽しみにしておきましょう。


そうそう、帰りに気になっていたところをもうひとつ。




行きに立ち寄った虚空蔵菩薩堂なのですが、お堂の脇に道があったのです。


山を登る前、地元の方とお話をしていたとき「集落の人しか通らない道もある」と聞いていました。


道路はくねくねしていますがそこをショートカットするように道があるのではと踏んでいたので帰りはそこを通ってみようと思っていました。


馬の背のような細い道を進んでみた先にあったのは…




青い鳥、ではなく青い鳥居


なんだこれは!?
予想外の発見に急激な胸熱!!


扁額(へんがく)の文字はかすれて読めない


道は綺麗だ


てっぺんにはお社があり結界としての注連縄(しめなわ)と新しめな紙垂(しで)が。
集落の方が手入れをされているのでしょう。






金毘羅大権現(こんぴらだいごんげん)
とあります。




この金毘羅さまはお大師様の伝説とは関係なく地元の方々によって建てられたものだと思います。


そもそも「金毘羅さま」とは海上交通、航海の安全の神様なのですが、なぜこんな山奥に海の神様が?


それはまた次の記事に…。
 





昨日20日太龍寺ロープウェイ乗り場近くにあるセブンイレブンから約27km進んだところで野宿。




今日はそこから黒瀧寺を打って山を下りたところで野宿です。
記録をこまめに取らなかったので分かりにくいですが上の写真は21日から連続で記録し翌22日にもみじ川温泉(右側のマーク地点まで)歩いた記録の写真です。




マーク地点は登り口。
このあたりで唯一の食料調達できる貴重な物産店があります。
山を下りてきたときには19時近かったのでお店の裏手で野宿させていただきました。




赤が往路、青が復路です。
虚空蔵菩薩堂の下を行き帰りしている所が金毘羅大権現


金毘羅大権現への入り口の横にもうひとつちゃんと聞いたとおりのショートカット道がありました。
民家の脇に出てきましたが案内看板はないので運良く地元の方に会えない限り行きにこの道を見つけることはできないでしょう。




 
昨日は道路をひたすら27km。
今日は山道往復12kmを含め26km。
よく歩きました!




優しい味でした♡




















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