さいとうひろおブログ

夢と希望と借金しかない。千葉県の実家から沖縄目指して歩いてます。自分探しではなく、探した結果見つかった答えがこれだった。

【47日目】なぜ案内がない?星の岩屋のさらに上へ!…その他、 土の児神社、仏陀石も再訪

どーもどーも。


6月16日(日)


昨日は嵐のような一日だったため道の駅に滞在。
一夜開けて快晴の空模様。




その暇だった昨日にいろいろ星の岩屋を調べていたところ、なんと大師堂の裏手に「さらに上」へ行く道があることが判明。


その先には驚くべきものが鎮座していた。
これは地元の案内板にはどこにも記されていない。
星の岩屋と道が繋がっているとはいえ霊場とは関係ないものだからなのか。


とにかく他の方のブログで見た「それ」を自分の目でも見たく、また仏陀石に関してももう一度ちゃんと見たいと思っていたので好都合!


山に再アタックだ!


その道すがら、これは昨日も目にした看板なのだが改めて気になった。




『TuchiNoCo』


なんとも綴りにクセが漂うが、これはいわゆる未確認生物の『ツチノコ』のことなのだろうか?


Googleマップを見てみると付近にはこんな神社がある。




『土の児神社』


この読み方は「つちのこ」であろうしこの看板の指す「TuchiNoCo」と関係があることは明らかである。


もしかして未確認生物のツチノコの元となるような『土の児伝説』でもあるのだろうか。


ここでちょうど地元の方に遭遇したので神社のことを聴いてみた。


すると「たしかにあるが、誰も手入れをしていないしわざわざ行くような場所ではない」とのこと。


私「ちなみにツチノコ見たことありますか?」
地元民「ないねぇ」


それでは行ってみましょー!!




マップの場所にこんな看板があります。
一部欠けて読めませんがだいたいこんなことが書いてあります。

「大地を耕す農民の愛称 土の童」


なるほどそういうことね。
農民の誇らしさと矜持(きょうじ)を備えた素晴らしい神社じゃないですか。


奥に行ってみましょ。


根元に祠


お酒がまだ綺麗です


すぐ先に小さいお社がありました。





たしかに荒れてはいますが立派な神社です。
祀られている神様や建物の大きさ、歴史の長さなどはそれぞれありますが、そこに神社(や寺)があるということは則ち「人の想い」があるということ。


大事にしていきたいですね。


道を戻ります。


おとといは山中の歩き遍路道を登ったので今日は車で行ける遊歩道方向から行ってみます。



「はいやきだに」


ここにもツチノコ案内が。看板の作風から同じ人(団体?)が設置したものと思われます


舗装された道をしばらく行くと車で行ける限界点に駐車場があります。




おとといはお遍路道を上がったところからすぐ境内へ向かう坂道を上りましたが、今日はその先にある『洗心之滝(せんしんのたき)不動尊』を見に行きました。


滝の横にお不動様がいらっしゃいます


境内へ入り大師堂へ。




この右脇からさらに上へ向かう道があります。
大岩の下にはあの方が。





役行者(えんのぎょうじゃ)、もしくは役小角(えんのおづぬ)様です。
つまりここは「行場」ということですね。


像の左右に道がありますが右に進むと給水ホースが通っているだけで特に何もありません。
広場やちょっとした人工物など、何かがあったような跡はありますがそれだけです。


左へ進みます。


裏見の滝の上流です。




歩道として階段などが整備されていますが今は落ち葉や土でほぼ埋もれています。


迷うことはなく上っていくと大岩に鎖が。





横歩きで岩の正面に出ると「それ」はありました。





倶利伽羅(くりから)不動尊と読めます。





なんと立派な不動尊でしょうか!
しかも不動明王ではなく倶利伽羅の剣です。


倶利伽羅剣、倶利迦羅剣(くりからけん)

不動明王の立像が右手に持つ剣。三昧耶形(さんまいやぎょう)では不動明王の象徴そのものであり、貪瞋痴(とんじんち)の三毒を破る智恵の利剣である。剣は倶利伽羅竜王が燃え盛る炎となって巻きまとっていることからこの名がある。(Wikipedia引用)



碑には大阪の方のお名前がありますね。

これ程のものを星の岩屋の上に奉納される方とはどういった方なのでしょう(汗)



なぜこれが地元や境内の案内板などに一切記されていないのか、私の見解は「個人のもの」だからだと思います。



知る人ぞ知る、それでいいという場所なんだと思います。



ちなみにGoogleマップで見ると位置はこんな感じです。





かなり上に位置しますが、この大岩のさらに上を目指して登ってみました。


これ以上先は完全に自力です。
落ち葉で滑りやすい急斜面を這い登ります。


一応の岩のてっぺんまで来ました。
角のように突き出た岩の表面には線傷が無数に走っています。


どうやってこんな痕(あと)がつくんでしょうね。




行場を見終わって次は仏陀石です。
おとといは体力も時間もなかったので満足に探索できませんでした。


観音堂です。右側には森の奥へ進む道があります。


『山神社』とあります






奥へ深入りするつもりはありませんので向かい側の探索へ。





階段を下ります。




踊場を左に行くとなにやら丸い石碑が。





紋様か梵字かわかりません。
裏には「仏陀石」の文字が。





下から見上げるとこんな感じ。




石塔と仏像が3体ありますが、真ん中の仏様のお顔がありません。


あたりを探すと落っこっていたので据えてあげ、前掛けも掛けてあげます。



前面は見つかりませんでした


先程の石碑の下に穴門があります。




抜けて背後から見上げます。




戻って仏陀石へ向かいます。
おとといは手振れでボヤけた案内書きです。




「七十三尊」とありますが今は五十体程しかないそうです。
どこへ行ったやら。


そして「宝筺印塔(ほうきょういんとう)」とは丸い石碑のことですが、その台石に由来の詳述は見当たりませんでした。
何か書いてあったような跡も見受けられませんでした。 
彫ってあったのか書いてあったのかも詳しくは分かりません。





やはり見るたびに不気味ですね。
こんな山の中に。


私がこの仏陀石の写真をSNSに載せたところ、何人かから「首元の赤いのはなに?血?」とコメントが来ましたが、前掛けの赤い色素だと思います。


たしかにそう言われるとそう見えなくもなく、ますます不気味です((( ;゚Д゚)))





さて、この案内書きの横にさらに下へ下りる階段があります。




その脇には小さな、しかもほぼ読めない注意書きが。




「この先 行き止り 道消失」でしょうかね。


といってもどこで消失してるか気になるので行ってみます。


下りていくと川にあたり、飛び石を渡った先の大岩の麓に何かをお祀りしていた跡を発見。




付近にも榊(さかき)か樒(しきみ)を供えるためのプラスチックの筒があります。






このまま川に沿ってしばらく下りてみましたがこれ以上は何もなく、たぶんこのまま麓へ向かうのでしょう。


たしかに「消失」した道です。
昔は麓に集落があってそこの人たちが仏陀石をお参りするために通っていた道だと思います。


集落がなくなったかしてそこから上る道も廃れた、といったところでしょうか。


大満足の再探索でした!!


星の岩屋も仏陀石も行き尽くしたと思います。
今日はこのままお風呂へ行きます。


おとといの雨の日には見落としましたが、仏陀石の先の道を下りて妙音寺の前を通り勝浦川沿いの16号へ出て道の駅へ向かう途中にあるのです。


昨日コインランドリーで管理人の方に教えていただきました。




『喜楽の湯』は普段はデイサービスの施設なのですが空き時間にお風呂を開放しており格安で利用することができます。




久しぶりのお風呂でさっぱりすっきりしたあとはこのまま明日の慈眼寺の参拝へ向けて進みます。


16号をひたすら西へ。
コンビニは現れなくなります。


途中にいくつかお不動様やお堂があります。 














地図では何軒か飲食店が表示されるのですが軒並み休み!そもそもやってるの??


あてにしていた身としてはツラいよ!
他に商店もありません。


しかたなく手前で明日の朝食用に買ったパンを夜ご飯にしました。


明日は空腹を我慢して進むしかありません(T-T)




たまーにバスが通る広い道路の端でお休みです。






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