-太古の草原、吹き抜ける風、轟く雷鳴、激しい雨、噴火する火山、揺れる大地、走る草食動物、追いかける肉食動物、深い夜の森、草影を移動する小動物、低く飛ぶ猛禽(もうきん)類 -
タップダンスを見たことがなかった。
「音楽に合わせ華麗にステップを刻むダンス」
それくらいのものだと思っていた。
熊谷和徳(かずのり)のタップダンスはそうじゃなかった。
彼が主体で彼が世界を造っていた。
彼の踏み鳴らす音はリズミカルな音楽ではなく、もっと原始的な、人類が誕生する前の地球の圧倒的な大自然。
そんなものがずっとイメージとして頭の中に浮かび駆け巡っていた。
曲調が変わる。
-小雨降る街角。時刻はきっと夕方を過ぎて日が落ちた頃。人びとが行き交う。いろいろな足音。小走りの人は誰かと待ち合わせ。早く会いたくて仕方がない。そんな嬉しそうな足音。静かに歩く人は誰かと別れた後。きっと悲しい別れ。とても淋しそうな足音-
幕間にステージに参加していたセネガルの太鼓奏者が祖国の歴史を語ってくれた 。
多くの黒人が奴隷として売られていった。
今も世界ではいろいろなことがある。
「赦(ゆる)すことはできても、忘れることはできない」
彼の言葉はとても重たかった。
地球上の全ての生物は大地の上に生きている。
海も空も「大地の上に」ある。
皆大地から生まれ大地に還って行く。
大地には全ての生物の歴史と生と死が眠っている。
タップは大地を踏むダンス。
タップダンサー熊谷和徳は地球上のどの生物よりも力強く大地を踏む。
そうして大地の記憶を呼び起こす。
地球の歴史を、人類の歴史を、忘れてはならない悲しみを、そして、それでもなお生きるということの喜びを。
熊谷和徳はシャーマンだ。
『シャーマンとはトランス状態に入って超自然的存在(霊、神霊、精霊、死霊など)と交信する現象を起こすとされる職能・人物のことである。(Wikipedia引用)』
俺は自然に手を合わせてステージを見つめていた。
彼のステップ、音、身振り手振り、表情どれもが神秘的で神憑(かみがか)っていた。
熊谷和徳のステージを観られたこと、そして今回誘ってくれた友人に心から感謝する。
(敬称略)