さいとうひろおブログ

夢と希望と借金しかない。千葉県の実家から沖縄目指して歩いてます。自分探しではなく、探した結果見つかった答えがこれだった。

【32日目】建治寺の起源の謎!観正寺、十三番と元札所、新奥の院、十四と奥の院、十五、十六まで!

どーもどーも。


6月に入りました。
6月1日(土) 32日目です。


今日は一旦戻ります。 


昨日建治寺を打ち終えて山を下りるときに遍路道を通らずにコンビニへの近道を進んだのですが、大事なお寺を見過ごしていました。


それは『元』建治寺です。




『瑠璃山 常光院 観正寺』
(るりさん じょうこういん かんしょうじ)



蔵王大権現






小さな集落の中の小さなお寺ですが、その沿革略記にははっきりと書かれています。




蜂須賀家政(はちすかいえまさ)が建治寺を眉山に移し、その跡地に観正寺を建てた」


これは建治寺の縁起には書かれていないことです。


初めからあの山奥の寺に建治寺があったわけではないのです。


これを書き始めると収拾がつかなくなるのでまた別の機会に。





本堂です。ご本尊は薬師如来




古いお墓がたくさんありますがその中に、蜂須賀公の朝鮮出兵の際に家臣の一人が連れて帰ってきた朝鮮人女性のお墓があります。




左下の字が隠れてしまっていますが「高麗館女」と刻まれています。


10代の初めに連れてこられ「お福」と呼ばれたこの女性は、賢い人でいろいろことを人に教え土地にもなじみ85歳くらいまで生きたそうです(他の方のブログ参考)。


どのような経緯で連れてきたのかは分かりません。


出兵先で10代の女性を円満に知らない国に連れてこられるとは考えにくいですが。


亡くなるまでの間、故郷に帰れたことはあったのでしょうか。


北朝鮮による拉致被害を訴え続ける国民としては複雑な思いです。


彼女が言い伝えどおり幸せな生涯を送ったことを願うしかありません。


敷地内には韓国の多宝塔のミニチュアもありますが、これは徳島市内の方から引き取ったものだそうです(同参考)


観正寺を出て大通りへ向かいます。


集落への入口には奥の院を示す石碑が。





ね?彫ってあるとおり奥の院は「建治寺」ではなく「建治瀧」です。


初めからあそこに建治寺があり奥の院とされていたわけではないのです。


そして小四国の一番もここにあります。





たぶん四国中にある小四国の中で一番広範囲に設置されている小四国なのではと思います。


奥が集落


さあ、戻ってきた道を戻ります。


朝出発したコンビニを通りすぎしばらく歩くと狭めの車道を挟んで右側に『一宮神社』そして左側に十三番札所の『大日寺』が現れます。


まずは元十三番札所の『一宮(いちのみや)神社』から。




車道に面した入口より先に回りこみます。



太鼓橋です


鳥居です



今までで一番はっきり「角」が生えている狛犬さん




お馬さんの像も2体あります。お腹の下をくぐれます




拝殿奥の本殿は重要文化財である。




ヒエッ


反対側から


本殿の左側にはお社がたくさんあります


神主さんに説明してもらいました


次は現札所へ。





十三番『大栗山 花蔵院 大日寺
(おおぐりさん けぞういん だいにちじ)







神仏習合の時代は一宮神社の事務所みたいな位置付けで納経所だったため『一宮寺』と呼ばれていたりした。


名前のとおりご本尊は大日如来であったが神仏分離で神社のご本尊を大日寺に持ってきたときに大日如来は脇仏になっのだとか。


元からいる神様を優先しないと怒っちゃうと思うのですが。


そしてここから少し東へ行くと奥の院があります。



高台のふもとにかすれた掲示板があります


十三番新奥の院『如意山 國中寺』
(にょいさん くになかじ)




三十三観音の十三番でもあります。







奉られているのは『遊戯(ゆげ)観音』




と、『波切不動尊


脇にある階段を上ります。


上にあるのは『國中神社』です。




集会所を兼ねています。
上ってくるの大変だよ。








正面の階段を下ります。






昔はたいそう賑わっていたと書いてあります。
ここも大日寺と同じで昔は一つの神社だったのが神社と寺に別れたんですね。


國中寺の御朱印大日寺でいただけますので戻ります。


國中寺は普段は無人ですが毎月15日に法要があるため前日には掃除しにやってくると聞きました。


いつから新奥の院なのかはそのとき納経所にいた女性は分からないとおっしゃっていました。


以前のブログにも書きましたが、大日寺のご住職は韓国人女性です。


前住職の奥様で跡を継がれました。
八十八ヵ所で唯一の外国籍、そして女性のご住職です。


舞踊家でもあり様々な活動を通して日韓友好を促進されている方だそうなので、是非一度お話してみたいです。



さて、ここから鮎喰川(あくいがわ)を渡ると札所の間隔が狭いのでテンポよく廻れます。


特に面白いことも少ないので写真メインでいきます。


十四番の奥の院はすぐ隣の敷地にあります。




裏手に回って八幡神社の鳥居をくぐり、階段の手前から右の坂を上がります。


『生木(いきき)地蔵』



木の中に彫られています







十四番奥の院『延命山 慈眼寺』
(えんめいさん じげんじ)




篇額(へんがく)に『十一面大悲(だいひ)』とありますが『大悲』とは観音様の別名なのです(十四番の納経堂で教えてもらいました)。






オシャレな造りのお宅がありますが、日中に人はいないようです。


では十四番に行きましょう。







十四番『盛寿山 延命院 常楽寺
(せいじゅさん えんめいいん じょうらくじ)






ご本尊が弥勒(みろく)菩薩なのはここだけです。





ここには猫ちゃんがいます。
人をまったく警戒していません。



猫って神っぽいよね


次へ向かって歩き始めてすぐこんな道が。




たぶん本来の道。


上がってみますと、




奥の院は左手にあります。


お社と奥へ続く道があります。





こんなところにも小四国が!


行きはしませんでした。


途中に一際派手な地蔵院。
八祖大師も奉られています。




はいすぐ次!




十五番『薬王山 金色院 国分寺
(やくおういん こんじきいん こくぶんじ)








仮本堂とされているお堂に奉られているのは烏瑟娑摩(うすさま)明王




ここの納経所には面白い張り紙が。





せか・おわ




ご丁寧に英訳まで。
よほど気に入られたんですね。


はいすぐ次!




十六番『光耀山 千手院 観音寺』
(こうようさん せんじゅいん かんおんじ)
※「かんおん」と発音します





普通は「観音」で「かんのん」ですが「観世音」だと「かんぜおん」です。


この札所は「かんおんじ」です。





今日のブログも長かった(汗)














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