さいとうひろおブログ

夢と希望と借金しかない。千葉県の実家から沖縄目指して歩いてます。自分探しではなく、探した結果見つかった答えがこれだった。

【30日目の1】謎の『かさぼとけ』と『剣神社行場』を発見せよ!

どーもどーも。


5月30日(木)  30日目です。


昨夜Googleマップを眺めていたらこんなものが。









(* ゚∀゚)ワクワク



こんな道も示されぬ山奥に、これまた写真もクチコミもなく名前からも何も想像できない『かさぼとけ』とな!?


そしてさいとう大好物の『行場』!


『剣神社行場』なのに付近に『剣神社』は表示されない。


こりゃあ探検だろ!!


さらに麓の集落にはこんなお寺が。





ここらに行けば地元の人に話を聞けるかもしれない。


とりあえずここに行ってみよう。




のどかな集落の奥にお寺、というか庵があった。







西国十七番と書かれているのは六波羅寺(ろくはらじ)だ。


左には長法寺があるが番号は書かれていない。


ここで隣の『馬場邸』の住人のおっちゃんが畑仕事をしていたので挨拶をして話を聞いてみた。


このお堂は地元の人達が持ち回りでお供え物などを取り替えているとのこと。


篇額(へんがく)にある西国十七番との関連は分からないらしい。


庵の扉を開けて見せてくれた。





お大師様から仏様からいろいろな神様が祀られている。


皆古くからあるものでおっちゃんも詳しくは知らないらしい。


私はかさぼとけと剣神社について聞いてみた。


剣神社の方は最寄りの住人に聞いた方がわかるだろうとのこと。


かさぼとけはなんとなーくなにかあったような気がしないこともない…くらいの記憶。


私はGoogleマップで森に「道とおぼしき筋」が入っているのを辿り「墓地のような広場」の横に繋がっていることを確認していた。


それを伝えるとたしかに共同墓地の横から山に入る道があるとのこと!


しかし今は山に入る人がおらず道は荒れているだろうから行くのは止めた方がいいと忠告された。


んなこと言われてもこの目で確かめたいですよねー(^ω^)


というわけで出発!


ありますなー


荷物はここに置いていきます。


上り方面の左をゆく


怪しい穴。古墳じゃねえの?近寄ってみたが詳細は解らず


山道は車が通れる幅があり多少は荒れているが問題なく進める。


しかし上がるにつれて倒木が多くなり道も狭くなってきた。





結構上まできたところでそろそろかさぼとけの位置だが、問題はGoogleマップの正確性。


そもそもなぜGoogleマップはここを表示しているのだろう。


Googleマップは大きい社寺を表示していないこともあればこんなマニアックな場所を表示したりとその基準は謎である。


しかしどこかから情報を得て表示しているのだからその情報源を知りたいものだ。


こんな山奥の表示どおり、ピンポイントでかさぼとけはあるのだろうか。


分かれ道に出た。


かさぼとけは「ここ」を指し示している。




あるのか???


分かれ道に挟まれた茂みを覗いてみると…




道がある。




あった(笑)





これだけ!?


これをわざわざマップに表示しているのか!
しかもジャストピンポイントで!!


真ん中のつまみを回して扉を開ける。




何もない。


さらに屋根を持ち上げてみる。




やはり何もない。




「かさぼとけ  神山」をネットで調べるとこの地域の伝説や昔話を集めた報告書がでてきて、その中の一項目に『かさぼとけ』と書いてあったが詳細までは載っていなかった。


役所にでも行って聞いてみれば該当する資料を教えてくれそうだ。


参考までに道のりの記録を。
航空写真を見れば共同墓地はすぐわかるのでそこまで行けば道は単純だ。




そして次は行場だ。
行場へ行く道も当てずっぽうだが、印のすぐ近くに電線の鉄塔があるのがわかる。


なのでそこまで行けばあとは何とか辿り着けるのではと予測。


一旦来た道を戻り分岐点から鉄塔を目指す。




鉄塔のある場所は一際高い点で眺めがよい。


岩の下は絶壁だ


測量かなにかの印だろうか


景色は抜群!


ここからの私の予測はこうだ。




そう、大間違いなのであった。




実際の位置関係はこのようであり、ちょっと下れば行場かなと思ったらとんでもない目にあった。


鉄塔からそのまま下へは崖のため行けないので迂回しながら山肌を下りる。


下りれば下りるほど遠ざかる。


地図の指し示す点に行場があると信じ、方角を見定めて垂直に立ちはだかる大岩をよじ登る。


お腹のチーバくんを、引っ掛からないように背中に回したり戻したり。


掴んでもゆるがない木の根、踏ん張っても欠けない岩場の突起を慎重に探りながらぐいぐい登っていく。


本当の「修行」だなこれは。


大昔の修験者(しゅげんしゃ)と同じだ。


一体俺は何をやっているんだ。


そんな疑問は沸かない。疑問に思ってる場合じゃない。


登るための取っ掛かりを見つけて登っていくのがただただ楽しい。


アドレナリンが出まくっている!


そしてついに行場を発見した!


「なにか」いるぞ


祭壇かな?


役行者(えんのぎょうじゃ)の像だ


奥にはぽっかりと口を開けた岩場がある。




中に入ってみると…




行場といえばお不動様。




土台には施主と世話人の名前が彫られている。



立派でございます


さらに岩場を登ってあたりを散策。
すると左右にお社を発見!





反時計回りにまずは右側から。




扉が壊れているのでどかしてみた。




木札、というのでしょうか。
祀られている神様と奉納された方のお名前が書いてあります。


天神地祇古釼太現守護」と読めます。


天神地祇(てんじんちぎ)とは「天の神と地の神」つまり「あらゆる神々」を意味します。


「剣」の古い字は「剱」「劔」「釼」「劒」などがあります。


「古釼太現守護」は調べても出てきませんでした。


反対側へ回る途中に岩場の突端へ。



ふざけてますが断崖絶壁です


こちらのお社には何があるかな?





なんと盛りだくさんです!
扉を開けると垂れ幕もあり、中には折り重なるようにいろいろなものが詰め込まれていましたのでちょっと出してみました。


剣に大蛇が巻きついてます


「戌ノ年女」とは。厄年かな






先ほどの木札と似ていますが「釼山大権現」と書いてあるので分かりやすいです。


両脇には「五穀豐(豊)熟」と「村氏安全」という願いも書かれていますね。


この山がなんという名前かは分かりませんが、剣山(つるぎさん)といえば徳島県最高峰の名山で修行の聖地であったりと有名な山ですから、そこの神様を地元にお迎えしてお祀りしたのではと思われます。


鏡です





きちんと立て直して並べ直して納めてきました。


お社の前にはいつ置かれたか分からぬ100円玉が置いてあったので、私も100円玉とメモ帳の紙に年月日、住所と名前、大師ご宝号を書いて置いてきました。


さて帰りです。


帰りなら正規ルートが分かるはずです。





まだ他にもお社がありましたが扉は開けられませんでした。




ちゃんとお鎖もありました。





しかしここからが大変でした。


結局道が見当たらない(笑)


これは誰も来なさすぎて道が消えてしまったっぽい。


そんな帰り道に目印となったのが「地籍調査」のピンクのテープ。


地面に打たれた杭の場所を示すため木の枝などに巻かれているものだ。


テープの所に行って辺りを見回せば必ず次のテープが見つかる。


そうやってどんどん下りていったら道路に出られた!


一安心してもと来た方向へ歩いていると…




神社発見!









やっぱりあったのねー。


そりゃ神社がないのに行場だけあるわけないか。


しかし神社の周辺を見ても行場への入口が見当たらない。


来た道を戻って反対側へ進んでみる。




ここがなんだか山へ入っていく道に見えるが、立て札などはないしやはり道らしき道の様子を無くしている。




もはや麓からでさえあの行場へ行こうとするのは困難なようだ。


次に私が置いてきたメモを目にする人が現れる日はいつになるのだろうか。


大変貴重な行場に辿り着けて本当に楽しかった。




スタート地点の共同墓地に荷物を取りに戻り、次の札所へ向けて歩き出す。


次回へつづく!












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