さいとうひろおブログ

夢と希望と借金しかない。千葉県の実家から沖縄目指して歩いてます。自分探しではなく、探した結果見つかった答えがこれだった。

【13日目の2】日本の裏歴史に関わる!?皇室にも縁が深い『忌部(いんべ)神社』

では!
 

間を置かず前回の続き行きましょう!

 

志良夜末比賣(しらやまひめ)神社を目指します!


なんとざっくりした名前の神社


道はある程度整備されていて歩くのに不便ではありませんが、白山神社へ何㎞なのかが書かれていません。


もとの場所から西へ西へ移動しているのは分かるのですがいつまで経っても神社が見えてこないので不安になります。


ここまで来て引き返すわけにはいかず、いくらなんでも摂社なんだからそこまで離れないだろうと思い込み歩きます。


すると森を抜けました。





途中で麓からの車道と合流します。




真新しい玉砂利が敷き詰められています。


奥の空間がなんなのかは分かりません。
なにか建設予定なのでしょうか。


左手に白山神社があります。





忌部社摂社  『志良夜末比賣神社』
「白山」となっているのは後の改名でしょうか。






規模は小さいですが見てのとおりきちんと整えられています。


お社の周囲にはお祀りしてあるような岩もたくさんあります。







かなり元の場所から離れた感があります。




では戻りましょう。


こんなものもありました




さて、ここでこれまで見てきた忌部神社と摂社の位置関係をマップで見てみましょう。




忌部神社の手前にある『玖奴師(くぬし)神社』は見つけられませんでした。調査不足です。




白山神社はだいぶ離れてたんですねー(白目)。





『岩戸(いわと)神社』『建美(けび)神社』はブログには載せてませんが行きました。


そして説明書きにあった『牟羅久毛(むらくも)神社』とは『天村雲(あめのむらくも)神社』のことです。




そしてもう一社の『淤騰夜末(おどやま)神社』ですが、山川町のどこか(祇園のあたり)にあるのですがマップに表示されません。


他のブログを当たっても詳細な場所を示すものは見つけられませんでした。


ここでもう一度忌部神社の付近を見てみます。




金比羅(こんぴら)神社』がありますね?


そんなもんあったかな?


そして拡大すると…




『金刀比羅(ことひら)神社』もありますね。


これは一体…。


再調査のため山に入ります!


しかし、どれだけ道なき道を掻き分けても新たな神社は見当たりません。


そうして聖天寺へ戻ってきてふと反対方向へ進んでみると






あるやん。




ホラーだわ


こちらも紙垂だけは綺麗です。お酒も供えてあります


左側の斜面には偉いお坊さん達のものと思われるお墓が多数並んでいます。






いやー、ありましたね金刀比羅神社


てことは金比羅神社って聖天寺のこと?


金比羅神社と聖天寺、もしくは歓喜天との繋がりを調べてみましたがそれらしいものは見つけられませんでした。


なぜグーグルマップ上で聖天寺が金比羅神社と表示されているのかは謎です。


どなたか分かる方いらっしゃいましたらコメントで教えてください(。-人-。)


 
あー、疲れました。


オフモードで歩いていたのに偶然見つけた神社のおかげで約5時間におよぶ大冒険をしてしまいました。


普段つけている両足首と腰のサポーターもしていませんし、ズボンもニッカポッカではなくハーフ丈の海パンでした(笑)


それでも楽しかったですね!


そうそう、ブログのタイトルにある「日本の裏歴史」とは「阿波忌部一族」にまつわる伝承や伝説に端を発する「日本」の成り立ちに関わる考察のことです。


そもそも阿波(徳島)こそが日本発祥の地、神話発祥の地だとする話まであるのです。


確たる証拠がないだけにわずかに残る点を結ぶのは想像力だけです。


それも歴史ミステリー、歴史ロマンてやつですかね。 


最後に、このブログを書くのも疲れました(泣)


初めは1本の記事でいこうと思ったのですが字数制限がかかってしまいました(驚)


たしかに2日もかけて調べまくって書いた記事なので相当な文字も写真も相当な量になってしまいました(写真はすべて私撮影)。


読みにくい点、知識不足な点が多々あろうかと思いますが楽しんでいただけたら嬉しいです。  


自分が他の方のブログを参考にして知識や気付きを得られたように、私のブログもまた誰かの役に立てたのなら苦労してまとめた甲斐があるというものです。


ではまた!


















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