さいとうひろおブログ

夢と希望と借金しかない。千葉県の実家から沖縄目指して歩いてます。自分探しではなく、探した結果見つかった答えがこれだった。

【13日目の1】日本の裏歴史に関わる!?皇室にも縁が深い『忌部(いんべ)神社』

どーもどーも。


5月13日の13日目です。


昨日は高越山からわりと近い山川駅のちょっと先で寝まして、今日は十一番札所のすぐ近くの鴨島(かもじま)まで行こうと思います。


大した距離ではないので完全にオフモードです。


さあ、のんびり行きましょう。

























なんだこれは?






もはや吸い込まれるように進路を変えます。


しばらく歩いて山の麓まできました。
看板が急な石段を登れと指し示しています。


軽く見るつもりだったので荷物は陽の当たらない木の根もとに置いていきます。




この鳥居の手前の石は古代の門、つまり鳥居の原始的な形なのではないかと思われます。
あとで山の中にも出てきます 



狛犬さんがお出迎え




忌部神社は他にもありどこが本家かという争いがあったそうですが、歴史的な資料によってここ「山崎」の忌部神社が正蹟ということで決着がついたようです。


皇室と同じ「菊の御紋」もあります。






この「麁服」という字は「あらたえ」と読みます。
「麁」は「ソ・あらい」と読み、意味は「粗い」と同じです。
看板には「荒妙」の文字で書かれていますね。


阿波忌部(あわいんべ)一族は古くから天皇が代替わりをしたときに行われる「大嘗祭(だいじょうさい)」にこの麻で織った布を納めてきました。


今年(2019年)の秋に行われる同祭でも麁服を納めるべく準備が進んでいるようです。


詳しくは下記のリンクからどうぞ↓↓↓ 






この看板にある「七社」は今もありますが、今日の時間内にすべては回れませんでした。


とりあえず忌部神社から上に向かって山中を散策していきましょう。





この石柱に刻まれた文字を調べてみました。


見慣れない字として「葷」がありますがこれは「クン」と読み「臭いの強い野菜」という意味があります。


五葷(ごくん)」といってネギ、ニラ、ニンニク、玉ネギ、ラッキョウがあげられています(宗教によって異なるがほぼ同じ)。


この言葉が刻まれた石柱は他の寺でも見かけます。


写真とまったく同じではありませんが一般に『不許葷肉(酒)入山門』などとあり「葷肉(酒)の山門に入るを許さず」と読み「肉や臭い野菜を食べたり酒を飲んだりした者は修行の場に相応しくないので立ち入りを禁ずる」という意味だそうです。




文字がかすれて読みづらいですが後で同じ内容の石碑も出てきますのでそちらを拡大した方が読みやすいかもしれません。


きちんとホームページもありそこから概要を引用しますと


金峰山寺(きんぷせんじ) 四国別院



源正山 聖天寺(別称:山崎聖天寺)

(げんしょうざん しょうてんじ)



金峰山修験本宗



本尊は観世音菩薩と別室に安置される大聖歓喜天(だいしょうかんきてん)の二体である。

開基は詳(つまびらか)でないが、文治元年(1185年)源頼朝(みなもとのよりとも)公、波國(あわこく)に田畑寄進ありし時、源の一字を賜(たまわ)りたると伝えらる。



とのことです。



ではざっと見ていきましょう。




山門ではないな


民家なのか集会所なのか


開けた場所には多数の石碑、石仏あり



拡大してお読みください


歓喜天(かんきてん)とは聖天(しょうでん)様の別名であり、ガネーシャとも呼ばれる


先ほどの通路が倒木で通れないため横の坂道から登ります


こちらもまたたくさんの石碑。右下のものには「猿田彦(さるたひこ)」の文字があります


「脳天」などと名前のつく神様を初めて見ましたが、首から上の病にご利益があるそうです




左に進みますとお堂があります。




自然石に刻まれた大日如来不動明王弘法大師ありと書かれています。磨崖仏(まがいぶつ)ですね


斜め上からの図


自然石がこういう配置になっているのはすごいですね


見事に三者が向かい合っています




何文字だろう?






それでは稚宮神社と古墳を見に行きましょう。


しばらく進むとこんな看板が。


黒岩磐座(いわくら)遺跡


しめ縄でしょうか


巨岩の上にお社があります


忌部神社の説明書きにあった「往時は黒岩という處(ところ)にあった」というのはここのことです




すぐ先にはこんなものも。




こちらが正面です。忌部神社へ行く階段脇にも似たような石がありましたよね


まだまだ登ります。結構キツイです。


どこかから古道になるようです


そして到着です。




敷地に仕切りはなく写真左手から入ってきました。


左の狛犬さんの前に立っている木が鳥居の残骸です。


正面は開けているものの参道の名残は見受けられません。


長い間に土草に埋もれてしまったのでしょう。


尻尾の形が特徴的です


台座が一塊の石でないのも珍しいです。ジェンガのようです


四隅の石には紋様なのか文字なのかわからない筋が刻まれています


ボロッボロですが紙垂(しで)は新しいです




忌部社摂社  『稚宮(若宮)神社』
「摂社」とは本社に付属し、その祭神と縁の深い神を祭った社(やしろ)のことです。
忌部神社には7つの摂取があります。


古墳はさらに上、山頂付近にあります。
荷物を置いていながら息がきれます。







結構広い範囲に点在していました。
囲いもせず人が登ったり入ったりできてしまいます。


古墳の周りには自然に転がっているのではないような石がいくつか立てられています。


このさらに奥に道が続いており、なんと民家があります。


外から伺う限り洗濯物が干してあるのでお住まいのようです。


生活道路もないので山を登り降りして生活しているのでしょうか。


そういえば聖天寺の下の広場の木にポストがくくりつけられていました。


住所と名前もあったのでこの民家のものなのでしょうか…。


そしてその民家を横切って道はさらに山頂へ向かって続きます。


これが先ほど看板にあった古道なのでしょうか。


道が無くなるまで進んで引き返してきました。
きっと草木に埋もれる前は道があったんですね。


帰り道に他の摂社『志良夜末比賣(しらやまひめ)神社』を示す看板があったのでそちらも行ってみましょう。


つづく!!