さいとうひろおブログ

夢と希望と借金しかない。千葉県の実家から沖縄目指して歩いてます。自分探しではなく、探した結果見つかった答えがこれだった。

【6日目の2】短歌の小径を越えた先に『別格一番奥の院』とその上?

本堂と大師堂での納経を終えて御朱印もいただきました。


次は奥の院を目指す。
それはさらに山の上にある!




短歌の小径(こみち)には比較的新しい歌碑が点々と建てられています。




こんな霊験(れいげん)あらたかな地に自分の短歌が立派に建てられて末長く末長く山と共に苔むしていくなんてとても有難いことですよね。


しかし一体どれ程の人の目に触れる機会があるでしょうか(笑)


友達に「見に行って!」と言っても道のりがツラくて嫌がられるでしょうね。


数えてませんでしたが全部で30基ほどあるそうです。
その中から私が選んだ短歌を紹介していきます。


限界集落が朽ちてゆく様に新たな視点を与えてくれた。人がやがて土に還(かえ)るように、村もまた自然に還ってゆくのですね。


勝敗とは関係のない世界で泰然(たいぜん)として存在するよねやのやき餅。そういう拠り所が人には必要。


夫に先立たれ目の前の生活で精一杯。そんなときふと見上げた眉山(びざん)に時の流れを教えられる。降り注ぐ光は夫の魂か。眉山を依り代(よりしろ)にしてメッセージを妻に伝える。古来からの人と山との関係、山岳信仰をも相起させる一句。


独立する子供がきちんと感謝を表す。そう躾(しつけ)て教え育てなければなかなか節目に花を送る人間には育たないだろう。親は子供が小さい頃からいずれ来る別れを当然だと覚悟していた。しかし、もらった花は生けて枯らすだけではなかった。親にとって子供はやはりいつまでも子供で、心は離れ難(がた)く、別れ難く。


見事に情景が浮かぶ一句。追いかけるランドセルは、いつか追いかけられるランドセルに。


 「つっぱしる」という言葉を選ぶセンス。その疾走感から伝わる亡夫への「会いたさ」。彼女は情熱的で奔放な人なのだろう。そんな彼女に愛された夫も、きっと素敵な人なのだろう。愛車はどんな車か、色は何色か。想像は尽きない。銀幕の主人公とヒロインが楽しげにドライブをしているような画が浮かぶ。


結婚の価値観は劇的に変わった。親の望みを叶えるのが親孝行とは限らない。申し訳ないと思いつつ毅然と生きる。その姿を短歌に託して。



道端に岩に積まれた石がありました。
原始的な祠(ほこら)でしょうか。
昔の人はなぜ「石を積む」ということに祭祀(さいし)的な意味を見いだしたのだろう。




ようやく車道に出ました。
省略していますが険しく長い道のりだった(-_-;)


車道は左方向が麓でさらに右へ延びています。
奥の院は目の前です。


看板の左側は緩やかに登れる道ができている。


右側が本来の参道だ。






本来の参道は石段が急で足元が不安定なので別の道をつくったのだろう。




石段を上がるとお堂がある。






お堂は割りと新しめで中も綺麗に保たれています。






上がって般若心経を上げさせていただいた。



お経を上げるときはサングラス取ってました


私は車道に戻り、さらに上へ延びている道を登ってみることにしました。


まだ上に何があるのだろう。




電波塔だった。




大山のてっぺんに到着!




電波塔の裏手には他にも登山道がありましたが、どこへ行ってしまうかわからないので引き返しました。




戻るころには雨が降り始めました。





再度納経堂へ行き、奥の院御朱印をいただくとコーヒーとお菓子のお接待をいただきました。


短歌の小径の手前に「観音道(かんのんみち)」の案内があります。


マップにも『上板 1番観音』とあるのでなんだろうと思いつつ行ってみました。


このときは行き着いた先に観音堂でもあるのかと思いましたが、途中途中に観音様の石像が現れて番号が振られているので、これはまたとんでもない方向へ進んでしまうと思い引き返しました。






後で調べると麓にある『和泉寺(わせんじ)』へ続く道でした。




雨だし道は細いし行かなくてよかったです。


大山寺からの帰り道はさらに雨が強くなり止む気配がありません。


八丁目休憩所でしばらく休んでいましたが、意を決して下りました。


行きに写真を撮り忘れた飛地蔵堂(とびじぞう)


この日は神宅(かんやけ)のお遍路小屋で寝させていただきました。


明日は晴れるかな。














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