さいとうひろおブログ

夢と希望と借金しかない。千葉県の実家から沖縄目指して歩いてます。自分探しではなく、探した結果見つかった答えがこれだった。

我慢するな、逃げろ。そして正しく堕ちよ、後に生きよ。

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「ある程度の我慢や努力は

どこに行っても必要だ」


という人は「個より組織(全体)」の思考に疑いのない人だ。

 

イヤなことからはどんどん逃げるべき。


無理に立ち向かう必要なんか絶対ない。


そもそも「逃げる」ってなんだ。


人それぞれの「選択」だろ?


そしてね、結局、人はイヤなことから逃げ続けられない。


どこかで行き詰まってようやっとケツに火がつく。 


そのときに初めて自発的に我慢や努力の必要を感じればいいんだ。



坂口安吾の『堕落論』が好き。

生きよ堕ちよ、その正当な手順の外に、真に人間を救い得る便利な近道が有りうるだろうか。」



「我慢努力思考の人」ってのは、ある意味「優しい人」なんですよ。


俺が言うように逃げ続けた結果にっちもさっちも行かなくなって自棄(やけ)を起こして人を傷つけたり自殺してしまうかもしれない。


「我慢努力思考の人」はそんなことにならないための、必要最低限の社会生活を営むためのスキル(処世術)として「我慢、努力」を勧めるてるんだ。


ただね、俺はやっぱり初めから(子供の頃から)それを教え込むのは反対だ。


『三つ子の魂百まで』
子供の頃に染みた考え方は深く深く自身を縛る。


処世術は、成長するにつれきちんと話ができるようになってから我慢すべきときは我慢すべき理由を、努力すべきは努力すべき理由を説くべき。


初めから我慢努力を教え込もうとするのは型にはめた方が楽だからなんだよ結局。