さいとうひろおブログ

夢と希望と借金しかない。千葉県の実家から沖縄目指して歩いてます。自分探しではなく、探した結果見つかった答えがこれだった。

成功系の本を読まなくなった話

どーもどーも。

 


今回は「昔はよく読んでいたけど今は読まなくなったジャンル『成功系』」について。


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これは大きく分けると「仕事」「お金」「モテ」の3つになります。

 

今も昔も掃いて捨てるほどありますよね、この手の本は。

 

すんごい読んでました。

 

読んでいるうちに気づいたことは、この3つは相互に関係していて結局は「魅力」があるかどうかが根っこだということ。

 

魅力的な人は仕事もできるしお金も稼げるしモテる。

 

これだけ。

 

「魅力」は「引き付ける力」のことなので事の善悪は関係ありません。

 

だから「魅力的な悪人」という言い方もできるわけです。

 

ここでは「魅力」についての個別具体的な説明はしません。

 

本を読めばいくらでも書いてあるので。

 

このブログで大事なことは、そういう『成功系』の本を「なぜ昔はよく読んでいたのに今は読まなくなったのか」なのです。

 

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昔、私は「魅力的な人」になりたかったわけです。

 

仕事ができるようになりたい、会社や他人から評価されたい、人付き合いも上手くやってみんなから好かれたい、信頼されたい、お金を稼ぎたい、お金を稼いでいろんな物を買ったり趣味や娯楽を充実させたい、モテたい、そしてこれらがまたいい感じの相乗効果を生んでどんどん人生がいい方向に回っていく。

 

そんなことを願って望んで夢見て本を読んで努力してみたわけです。

 

してみたんですよ?一応。


しかしね、つらかったのです


そりゃすぐに結果がでるものばかりじゃないし、努力と工夫を重ねて頭も体も使って汗をかいて恥をかいてベソもかいて、いろんな経験を積んで徐々に成長していって段々と魅力的な人間になって『成功』を手に入れていくのでしょうよ。

 

分かってます。

 

しかしね、つらかったのです

 

 

「こんな思いしてまで『成功』したいんかな」

「そもそも俺の思う『成功』ってそういうことなんかな」

 

疑問がふつふつと沸いてきました。


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人はなんでも天秤にかけて物事を決めています。

 

どっちを大事に思っているかの本音は心の奥底で決まっています。

 

それを外からの圧力や外から植え付けられた理想論では抑えられません。

 

抑えられているつもりでもそれは「つもり」であっていずれ本音は悲鳴をあげ精神に不調をきたします。

心だけでなく体もあちこち壊します。


そうなると弱気な人は活動がストップして引きこもったり、強気な人は活動は続くものの周囲と不協和音を引き起こすトラブルメーカーになります。

 

 さながら手負いの獣(けもの)です。

 

私は後者でした。

 

本音と理想に差がありすぎてぎくしゃくしてイライラしているのです。

 

「自分はすごい頑張ってる、苦しみながら、それでも頑張ってる」という、誰もお前にそんなこと頼んでねーよとツッコミたくなるような自負心でいっぱいなのです。

 

そうすると周りの「テキトーにやってる人たち」が許せなく思えて厳しく当たったりするのです。

 

ホントいい迷惑。


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話を戻します。

 

『成功』するための本を読まなくなった理由。

 

それは「いわゆる世間一般の『成功』なんて私は求めてなかったと気づいた」から。

 

『成功』を心から求めている人は「苦しさ」と「楽しさ」を天秤にかけて「楽しさ」が勝っているのです。

 

「苦しいけど楽しい」のです。

 

そうでない人は逆に「楽しいけど苦しい」のです。

 

しかし、これがそうすんなりとは思えないところがミソなのです。

 

『成功』することは「良いこと」ですね。

 

仕事ができることも、金を稼ぐことも、モテることも。

 

なので努力している人は『成功』の過程で少なからず評価や実感を得ます。

 

そうすると本音の「楽しいけど苦しい」に「気持ちいい」が入ってきます。

 

「楽しいけど苦しい、けど気持ちいい」

 

これが厄介です。

 

本当は苦しいんですよ?しかしそれで「気持ちいい」を得られることを脳が学習してしまって、苦しみが気持ちよさの代償になってしまっているのです。

 

一瞬の快楽のために長く自身を傷つける苦しみに手を出し、その苦しみから抜け出せなくなる。

 

そしてそんな「弱さ」に陥った自分を否定したくてその行為を正当化し肯定する。

 

「自分は『成功』のために頑張っているのだ」と。

 

それが『自分にとっての成功』だと盲信して。

 

いや、本当は気づいているのに認めるのが怖くて見て見ぬふりをして。

 

「気持ちいい」は麻薬です。

 

「楽しい」は心が感じるもの、「気持ちいい」は脳が感じるものです。

 

脳から出される快楽物質は精神論では抗(あらが)いがたいものです。

 

まさに麻薬。

 

苦しみと気持ちよさが結び付いてしまった人がその沼から抜けだすのは容易ではない。

 

私は自分のことが大好きで自分に甘く優しい性格をしています。

 気持ちよさよりも苦痛に敏感です。

自分がつらい目、苦しい目、痛い目にあうと「なんで俺がこんな思いしなくちゃならないんだ!」とブチ切れる大変良い性格をしています。

 

そのお陰でなんとか苦しみと気持ちよさが結び付いた沼から抜け出すことができました。

 

時間もかかりましたし自分も他人も傷つけました。

 

それでも世間一般のいわゆる『成功』というものを追い求めなくなったことで心はずいぶんと平穏になりました。

 

今は自分の心に耳を傾け、自分なりの「楽しい」を探し行動する日々です。


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『成功系』の本はハウツー物、つまり「技術的」な本です。

 

「技術」は「こころざし」のある人間が読んで初めて意味を持ちます。

 

野球をやりたいと思っていない人がバッティングの本を読んでも無意味です。

 

こころざす順番はどうでもいいのです。

 

「モテたい、金を稼ぎたい」→「プロ野球選手なら両方いける!」→「ピッチャーよりホームランバッターがカッコいい」→「バッティングを勉強する」→「やってるうちに本当に野球が好きになった」でもまったく構わないわけですよ。

 

とにかく「こころざし」あるところに「技術」ありです。

 

私の場合は「こころざし」はありましたがそれを見誤っていました。

 

なのでそれに関する技術本を読んでも意味がなかったのです。

 

だから読むのをやめました。

 

そして次のステップへ。

 

「では私の望む『成功』とはなんなのか」

 

これに気づくためにも今までの読書遍歴と苦しんだ経験は無駄ではなかったです。

 

『成功』の内訳に「仕事」「金」「モテ」をあげました。

 

この3つはまた別の機会に詳しく掘り下げていきます。

 

とりあえずは読む本のジャンルについて連載するので、次回は「昔から今でも読み続けているジャンル『ことば系』」について書きます!

 

 


したらな!